2017年01月17日

Let it go. vs レットイットゴー



 久々にカラオケに行った。今回は同業仲間と一緒に、『日本語以外の歌』縛りでのカラオケ大会。
歌ってみると、いつも聴いて一緒に口ずさんでいるのに、うまく歌えなくて自分でビックリすることが多々あった。
そこでふと気付いた事があったので、ここにメモしておこう。

 普段は歌詞も見ずに、ノリで歌っている歌、これがどうして歌詞を見た途端に歌えなくなるのか。その理由は「カタカナ」にあることが判明。普段は英語を耳で聞いて音楽と一緒になんとなく覚えているので、それをそらんじて歌う。それが英文の歌詞を見た時になんとなく「あ、よく読んだら良い歌詞だったのね」と味わい深い。ところが…カラオケでその英文と同時にカタカナが表れた瞬間に、頭の中にあった英語独特のアクセントや音のつながり、味わいが崩壊してしまうのだ。
 『英語が得意だから、そんな風に思うんだ』と思われるかも知れない。確かに、昔はカタカナに手伝ってもらって英語の歌を歌ったこともあるけど、今はあまりお世話にならなくなった。
しかしここでお話したいのは、その善し悪しではなく、冒頭に書いた「なぜ知っている歌が突然歌えなくなったのか」ということ。
例えば「アナと雪の女王」の代表曲である"Let it go."を歌うとする。映画の中で聴いた"レリゴー"の様なイメージでカラオケ画面と向き合うと、”レットイットゴー" 日本人はどうしても日本語を優先して読んでしまうので、思わず♪レット イット ゴー♪あれ?メロディーと合わない。。。そんなこんなで、今回のカラオケは苦戦した。面白いのは、英語講師をして英語もそこそこに読んでいるにも関わらず、英語とカタカナが同時に出て来たら、カタカナを無視出来ないことだ。その辺りの自分自身の問題もあるかも知れないけど…ここに一つ子どもたちに英語を教える際に心がけることを学べたので、善しとしよう。

 カタカナを書いたら、カタカナを読んでしまう。私たちが日本人という証。それは善い悪いと判断する事ではない。その時の目的に合っているか、合っていないか…の問題。英語講師としてアドバイスをするとすれば、「英語を英語らしく覚えたい時には、カタカナのお手伝いは控えめに」ということが言えるだろう。  

Posted by Nami sensei at 09:36グローバル化英語教育

2017年01月04日

失敗させて




 誕生日を迎えてまた年を重ねたけれど、毎年出会ういろいろな人たち、またいつも一緒にいる人と過ごす時間の中、人の言葉にハッとすることが多い。そしてその言葉一つ一つが自分の中に重なって、私を作っている。そんな気がする。

 学生の時心に強く刻まれて、今でもよく思い出す親友の言葉がある。彼女には面倒見の良い姉がいて、いつもそのお姉さんからいろいろな情報を得て来ては私たちに話してくれた。そのお姉さんが彼女にあるアドバイスをした時に、彼女が返した言葉だと後で話してくれたのが『失敗させて』だった。愛する妹が悲しい目に遭わない様に、姉心からのアドバイスだったのだろうが、私の親友はとにかく飛び込んでみたかった。そんな中で出た言葉が『失敗するって分かってても、私に失敗をさせて欲しい』だった。素敵な言葉だと思った。お姉さんの気持ちも大切に思いながら、それでも彼女自身どうしても諦めきれないことがあったのだ。

 年を重ねると、物事の先がハッキリ見えてくる事がある。これはうまくいかない確率が高い、ここで失敗したら苦労するだろう…でもそれは、自分自身が失敗から学んで来たから言えること。人生から失敗を取り去る事は不可能だけれど、仮にそれに成功したところで、その人の人生はきっと学びの無いものになるだろう。
「失敗させて」と言うのはとても勇気と覚悟が要ることだけど、その先には学びがあると信じている。そして「きっとこの子は、この失敗から学んでくれる」と見守ってくれる人の存在も大きいだろう。

 もちろん、犯罪や麻薬、明らかに自分や他人の人生を脅かすような間違いはアドバイスが必要だと思うけど、日々のチャレンジに関しては、大なり小なり「失敗をする」ことが必要だと思う。その失敗をどうフォローするか、そこからその人の深みが増すものだ。ピンチはチャンス。そんな経験をたくさんしながら、大きく深く育って欲しいと願う。  

Posted by Nami sensei at 14:16子育てグローバル化英語教育

2016年11月30日

日本人が持っていない力 育てたい力



 最近、仕事やプライベートで英語を使う会合に参加する事が多かった。その中で気付いた事があったので、ここに記しておこうと思う。日本人がいくら勉強しても英語を使えない、それはどうしてか…その核心に少しだけ、迫ることが出来たような気がする。

 語学を学ぶ時、私は生徒の皆さんに「スイッチを手動で入れてください」と言う。今は日本語話してます〜英語を話しています〜というスイッチを想像することで、今自分が何語を使っているかハッキリ意識する。まずはそこから。それが日本人は極端に苦手なんだと思う。
例えば、両親が違う国出身でそれぞれの国の言葉を話せる子がいるとする。その子が英語を学び始めたのが、例え13歳だったとしても、もっと言えば英検の級が全く同じだったとしても、日本の子どもとは明らかに違うスイッチを持っている。語学に関するスイッチを持っている子は、英語モードに入った瞬間に、ちょっとぶつかってもOops!(おっと)やとっさのSorry.(失礼)が出てくるのだ。英語を話す時も明らかに英語で考えているのが伝わってくる。
対して日本人の学生を見ていると、英語スイッチに入れているつもりでいるものの、それはいつも日本語よりにゆるーくひっかかっている様な印象。「えっと〜」や「なんだったっけ?」と、いくら英語で話そうとしていても、頭の中は日本語でいっぱいなのが分かる。それもそのはず。日本語のスイッチしか使って来なかった日本人だもの。

 では…と英語講師なりの疑問がわいてくる。「どうしたら、子どもたちにかっちりと英語スイッチを意識させられるか」
答えは、使うこと。そしてもっと言えば、自分の言いたい事を英語で言わせる事…だ。言葉に対して積極的ではないのは、「さして伝えたい事がない」という決定的な理由もあると思う。英語力よりもこちらの方がよほど問題だし、それを育てるのは簡単ではない。

 残念ながら、「自分の考えを持たせたい」「言いたい事を発言出来る子どもを育てよう」と掲げてはいるものの、まだまだ学校の道徳にはちゃんと正解が用意され、先生がシロと言えば「シロ」と言わなければ楽しい学校生活が送れない…そんな教育が散らばっている。子どもを取り巻く大人がそれをもっと問題視して、工夫して、子どもたちの声に耳を傾けることから始めなければ、グローバル化は難しいと思う。いろいろな答えがあって、それを自由に選べる。選ぶのは自分である、という感覚。

 私たちは、自分が受けてこなかった方法で教育に取り組まなければならない…と大きな課題を抱えている訳だが、それがグローバル化への本当の日本の壁であって、そこを乗り越えようとすることは、私たち大人にも大きな意味があると思う。  

Posted by Nami sensei at 11:30グローバル化英語教育

2016年11月21日

オレオレ詐欺、私にも襲来!



 先日から、夜中携帯に非通知で電話がかかってくるようになった。
幸い、寝ている間は音がならないモードになっているので起こされる事もなく、ただ朝目覚めると変な時間にある数件の履歴が気味悪いな…と思っていた。
それが数日続いた後のある日、普通に夜くつろいでいる時間になった非通知電話にうっかり出てしまった。

 「Namiちゃん?Namiちゃんだよね?Namiちゃん?」を延々連呼する男性の声。嫌に親し気でとても不気味だったけど、人間こういう時はいくら気味が悪くても誰かを頭の中で描こうとしてしまうもの。今まで関わってきた人の顔がシャボン玉みたいに浮かんでは消え、浮かんでは消え。

 声の感じはよくある男性の声。一つ気になるのは標準語だということ。私を名前で呼ぶ人は限られているけど、ほぼ全員が方言で話す人たち。そんなことが頭の中を巡るけど、その間もずーっと「Namiちゃん?Namiちゃんじゃないの?いや、絶対この声はNamiちゃんだ。」という一方的な呼びかけだけが聞こえ続けている。「どなたですか?」と聞いても聞こえない振りをしているのか、全く無視して同じ言葉の繰り返し。「あぁ〜Namiちゃんの声だ〜懐かしいな〜」という小芝居まで挟んでくる。
「そっちが名乗らないと、こっちも名乗らない!どなたですか?私はNamiではありません」と言って切った。
 
あ、オレオレだ!って気付いたのは翌朝のこと。あそこで私がうっかり「え?田中さん?」なんて言おうものなら「そうだよ〜田中だよ〜」って話が続いていたのかも知れない。もうオレオレ詐欺は年配の方ばかりの問題じゃないのかも知れない。今や、年齢や立場関係なく、いろんなオレオレ詐欺がある様。
皆さんもお気をつけくださいね。名乗らない相手は要注意!  

Posted by Nami sensei at 23:06雑記

2016年11月01日

怒れ、大人!



 最近、大学生の性犯罪がニュースで取り上げられていて、月並みな感想だけどビックリ。学生時代に武勇伝的に語る男の子の話を半分デマだと思いながら聞いていたけど、まんざら嘘でもなかったのかな。

 そんな武勇伝を語っていた友人たちも、今や同年代の子を持つ父親。どんな子育てをしているのだろうか。あるワイドショーで、この大学生たちの愚行はどうして起きてしまうのかと討論されていた。その中に興味深い説があった。最近の子どもたちは「怒られていないから」だという説。
確かに、子どもの頃から言い聞かされて来たことで心に染み付いていることは、絶対大人になってからも手が出せない…という経験は誰しもあるだろう。例えば、私の母は「ゴミは持ち帰る」ことを、とにかく徹底していた。だから私自身、ティーンエイジャーになってどんなに調子に乗ってみても、友達がポイ捨てをする中で自分だけはゴミをこっそりカバンにしまったり、友達が投げ捨てたゴミを後から回収したりしていた。どうしても気持が悪いのだ。
 
 女性を物の様に思って扱ってしまうというのは…昨日今日ついた感覚ではないと思う。大人が「どうしたらいいか分からないから…」と性教育を怠ったり、面白半分で終わらせることは、大きな間違いだと思う。
靴下が脱ぎっぱなしだとか、部屋が散らかっているとか、成績が落ちたとか…日常目につく部分は常に細かく言うけど、実際『自分が子どもに一番伝えたいこと』は何なのか、それをゆっくり子どもと向き合って、ちゃんと伝えているだろうか。子どもの幸せを願うなら、周りの人たちと気持よく関わることを伝えたい。自分を大切に、人を大切に。周りの人を敬い感謝して生きることはその要ではないか。
 坂上忍氏が番組の中で言った言葉が印象的だった。『自分も若い頃悪さしたからな…って遠慮している大人が多い。大人は大人の責任として、自分のことは棚に上げても子どもたちを叱るべき』そして、理不尽を気にせず自分のこだわりで叱っても良い、という発想には目からウロコだった。自分はこれがこだわりどころなんだ!と怒って良い。子どもたちは大人が思うよりずっと柔軟で、大人それぞれのこだわりを聞きながら、自分になじむ考え方を選び取っていくのだ…と。

 「先生がそんなことで怒ったなんて、許せない」と、自分の感覚で親が出て行って先生に物申すことは、子どもの選択肢を片っ端から減らしていることにもなりかねないのだ。もちろん子どもたちの心身を過度に傷つけるものから守ることも親の役目。でも、時間をかけてゆっくり子どもの話を聴き、私はいつも君の味方だから…と安心させたら、叱られた内容を親子で考える良い機会になることもある。
子どもに害があると思うものを先回りしてやっつけてしまうことにも、少し疑問を感じる今日この頃。
大人の責任において、今一度考えてみたい。  

Posted by Nami sensei at 11:26子育て英語教育英語教室の一コマ

2016年10月26日

英語で生まれ変わる?!

 


 今は日本でも小学校で英語の時間があるのをご存知だろうか。現在文科省から定められているのは、全国の5、6年生は年間35時間(単純計算で週に1時間の割合)の英語活動。学校によっては担任の先生が一人で担当していたり、担任の先生と英語の先生のティームティーチングだったりするのだが、私は英語の先生として、小学校に4年間携わっていた。小学校英語に携わろうと強く心に決めたのは、ある講義に行った時のある先生の一言が決め手だった。
『他の時間に全く褒められない子が、この時間には褒めてもらえる、そんな時間が外国語活動だ』

 実際小学校に行ってみると、30名のキラキラとした瞳と、爆発するような元気に気分が高揚した。私が知っている状況で表現するならば、コンサート会場。熱気とワクワク…そこにいるだけで幸せな気持ちになった。本当に一人一人を抱きしめたいような、そんな気分で毎時間楽しかった。時には「どうしたものか」と思う状況もあったけど、それでも子どもたち一人一人はいつもまっすぐだったように思う。私はゲストティーチャーという立場を利用して、全くフィルター無しで子どもたちを見ることに努めた。「褒める」ことは苦手ではなかったけど、努めて言葉に出す様にした。「そこにいてくれて、ありがとう」そんな想いをそのまま口に出して伝える様にした。
笑顔が素敵。
うなずき、いいね!
どんな細かい動きも見逃さず、子どもたちに反応し続ける。そして楽しく時間が過ぎ、私から見て劇的に変わったのは、日頃「手に負えない子」と思われている子どもたちだった。私が最初に衝撃を受けた『他の時間に全く褒められない子が、この時間には褒めてもらえる、そんな時間が外国語活動だ』という言葉が、ここにスーっと繋がっていくのを感じた。

 小学校外国語活動で世界の文化や言葉を学ぶ…とは言え、それは知識の上だけのことで、実際言葉を使うこととは違う。言葉を使うには、もちろんその言葉の知識も必要だが、それ以上に人に興味関心を持つこと、それが出来るのは自分自身に興味関心がある人なのだ。特に文科省が「コミュニケーションの素地を育てる」と掲げている小学校外国語活動では尚更のこと、まず自分を見つめることが最初の一歩なのだ。

 授業中にチャチャを入れてくる子に最初戸惑ったけど、その内容をよく聞いてみると良いことを言っている。『良いことに気付いたね』と何気なく声をかけてから、その子の態度が劇的に変わった。積極的に活動に参加するようになった。後に、担任の先生が「あの子、褒められたことが嬉しかったみたいです。」と伝えてくださった。
 初回からずっと活動中は全く後ろ向きだった子。授業後に話しかけたりしていたけれど、ある時から職員室に私を訪ねて来てくれる様になった。他の先生方から「あの子とどうやって仲良くなったんですか」と聞かれたけど、何もしていない。ただ、給食を一緒に食べた時、その子の話をじっくり聞いていただけ。授業中にそっぽ向いているその子は、自分の好きなことにものすごく知識が広くて、それを延々と話してくれたのだった。感心して聞いていると、その本まで貸してくれた。「ちゃんと読んだかどうか、チェックしに行くけんね〜」それをチェックするために、職員室に来てくれていたのだった。

 英語は言葉。人の言葉は、その人が生まれ育って来た環境を表していると思う。日本語はそれぞれ違った家庭環境の中で出会い、それぞれの生活が言葉に浸み込んでいる。そして再び小学校高学年で出会う「言葉」。
もう一度新しい自分に出会うチャンス。
そこは、絶対温かい場所であって欲しい、11年間生きてみて、苦手なことだらけだった自分や人に愛され認められていないと感じている自分。諦めたい様な気持ちの人もいるかも知れないけど、ここでまた素敵な自分に気付いて欲しい。
「あなたは素晴らしい。そこにいてくれて、ありがとう。」
そんなメッセージを贈り続けたいと思う。  

Posted by Nami sensei at 08:37グローバル化英語教育

2016年10月24日

コケること



 先日、うまく行かないことが続いて落ち込んでいる息子に、自分の過去の失敗談を話してみた。私程人生コケている人間はいないのでは…という程、自分でトラブルを作り出して苦しむ、度を超えておっちょこちょいの私。息子が笑ってくれたら…と思って話したのだけど、意外とウケが良く娘達も「ドラマみたいやね」と言ってくれたので、ここに綴ってみようと思う。コケて苦しんでいる人に少しでも笑ってもらえたら、本望。

 広告代理店に努めていた時、あるパッケージデザインの注文があった。私はいつもの様にデザインを組んでOKをもらい、納品。当時仕事が立て込んでいて、誰のチェックも得られずに短い納期に合わせて慌てて納品した。
数日後、クライアントから連絡があり、納品したフィルムが間違っていたという。よくよく聞けば、私がOKをもらう前の未だ初期の段階のデータを誤って使ってしまっていたとのこと。私が納品したそのフィルムは海を渡ってヨーロッパへ運ばれ、そこで箱に印刷され、箱に中身を詰めてまた日本に戻して量販店…という流れだったのだが、よりにもよってヨーロッパで印刷する時点でそのミスが発覚したと言うのだ。
 目の前が真っ暗になった。「億単位の損失です」と言われ、家族のこと、これからの自分のことを想った。

 翌朝から、仕事前に部長と待ち合わせをし、クライアントへの謝罪。もちろん会ってもらえないので受付まで行って帰ってくる日々。生きた心地がしなかった。悪い方向に回っていることが、更に悪い方向へ悪い方向へ回っている様に思えた。

 しかし数日後、突然クライアントより電話。結局担当者も私のフィルムを確認せずにそのまま現地へ送っていた…ということで痛み分け。数万の賠償金で終わった。慣れた作業に忙しい毎日。思いもよらないミスで大変な迷惑をかけてしまった。でも、このまま終わることは出来ない。再度デザインを納品しなくては。その際の緊張感は恐ろしい程だった。クライアントの社屋の前でなんどもフィルムを広げてチェック。これを失敗したら、もう後はない。

 会社全体を恐怖に陥れた大きなミス。もう辞めた方がいいよね…とぼんやり思いながら日々の仕事をこなしていたら、部長が通りすがりにスッと私のデスクに紙を置いて行った。見ると、新聞の切り抜き。『辞めることは責任を取ることにはならない。そこに留まって、より誠意を持って仕事をすることに意味があるのだ』という主旨の記事だったと思う。そこに小さなメモで「これは、〜さん(私の旧姓)にも当てはまることじゃないかな」と書いてあった。
 ピンチがチャンスになることだってある、ということをそこで学んだ気がする。誰しも失敗はする。でもそこから何を学び何を産み出すかによって、前よりももっと信用を得られたり、認められたりすることだってあるんだ。失敗してしまったら、落ち込む前に何が出来るか、考えてみることが大切だと身を以て体験した出来事だった。
   

Posted by Nami sensei at 11:14子育て英語教室の一コマ

2016年10月18日

私的英語習得法


 ふと思い出したので、私の英語習得法を書き留めておこうと思う。

 スタートは幼児英語教室。そこから楽しく教室に通い続けるが…大学進学の時、何の取り柄もない自分に気がつく。ふと振り返ると、そこにはずっと楽しく続けて来た「英語」だけ。いつかは海外に行きたいと漠然と思っていたのもあって、英語学科に進んだ。

 そして大学卒業時。中学高校の教員免許も携えて…ふと
「あれ、私、英語話せない。」
と気付く。
迷わずバイトに明け暮れ、お金を貯めて単身ニュージーランドへ。

 ニュージーランド訛りも相俟って、相手が何を言っているのか分からない。自分も何て言っていいのか分からない…からスタート。でもなんとか宿を取り、新聞を買い、不動産屋に行って家を借りる。電気、電話をお願いして…と、どんなに慣れていなくても、全部英語でこなさなければいけない。
新聞のBUY&SELLコーナー(売ります買います)で見つけたテレビを買うために、電話をしてみるけど全く会話出来ず何度も切ってしまったのも、良い思い出。

 発音とアクセントに関しては、ファーストフード店でソフトクリーム(soft serve cone)を頼もうとしても、全く通じず。発音の練習方々毎日通った。真顔で"Pardon?"と返されることに最初は心が折れそうだったけど、続けていくうちにメンタル強化
数日かかって一発で通じる様になった時には感動。アイスの食べ過ぎで、体重かなり増。でもNever mind!!(ニュージーランドでよく聞いた言葉)
 住んでいる通りの名前Morris Streetを毎回バスに乗る時に言わなければいけないけれど、Rの発音が曖昧で通じず、毎回私の後ろに列が出来る。でもこれも毎日バスに乗っている間に、列の長さも短くなって…最終的に一発合格。
 バーでジンを頼みたいのに全く通じず。たった3字のginをバーのおじさんに何度も言わされた。最終的にスペルを言って出してもらう。これも何度も通い注文してクリア。

 言い回しに関しては、友人や職場の人とのやり取りの中で、言いたいのに言えなかった言葉を書き留めておき、図書館に行って調べる。そして必ずリベンジの機会を作る。敢えて何度も使う。調べた言い回しがなんとなく不自然に感じる時は、思い切って相手に聞いてみる。
「今の言い回し、合ってる?」
「ちゃんと通じてる?」

そういう人にはみんな優しい(日本人でもそうだと思う)ものなので、ニコニコ顔で余計なことまで教えてくれる。

 今、日本で英語講師をしながら、子どもたちにあの時みたいな状況を作ってあげられないかな…と考えている。知って、使って、相手と笑い合える。活きた言葉としての英語を伝えるには、まだまだ工夫が必要。
語学習得は簡単ではない。努力や理解・コミュニケーションが欠かせない。そこをいかに楽しく、一緒に乗り切るか…まだまだ課題は多い。
だから楽しい。
だから止められない。
  

Posted by Nami sensei at 10:10グローバル化英語教育

2016年10月17日

言葉の力



 今日月曜日のコラムは、子どもへの言葉掛けに関して。

 貴方が明らかに、どこからどう見ても忙しい時、子どもたちが「お母さ〜ん」と呼びます。なんと答えられますか。
 私は「今は無理」、「ちょっと母さんが今何してるか見てくれる?」と付け加えることもありました。
なんて酷いんだろう、と文字だけを見て思う方もおられるかも知れません。「でもその状況、あるある〜」って思われる方も多いのではないでしょうか。

 でも、この答えは、明らかにNGです。分かっちゃいたけど〜♪って感じですが…

 私の師匠曰く、そういう時は「はーい、行くよ」とまず答えて、でも少し待っててね…とその後に付け加えるのが正解だそうです。その言葉は、子どもたちに「自分を優先させてくれた」安心感を抱かせるということです。結局子どもは待つことになるのですが、どんな気持ちで待つか…が重要なんです。

 私は自分の子どもが生まれる前から教育に携わっていたので、我が子でいろいろ実験をしてみました。
例えば、幼児の子どもたちが靴を履くのには、永遠とも言いたくなる程時間がかかります。でも、親が履かせるのを嫌がります。観念して履くのをじっと待っていないといけないのですが…その時に「早くしなさい」と言う代わりに「ゆっくりどうぞ」と言うとどうなるか。
 答えは、「急いで欲しい」と伝えた時とあまりかかる時間は変わらない。結局私達が待つ時間は同じ。ただ一つ違うのは、「ゆっくりどうぞ」と言う私自身の心はゆったりと、顔もにこやかでいられるということです。待つのは同じ。でもどんな気持ちで待つのか…それが大事なんです。

 言葉一つ、たかが言葉、されど言葉。行動を変えることは物理的に難しいことが多いですが、言葉を変えることは可能です。
忙しい毎日ですが、出来るだけ笑顔で過ごせる様に工夫したいですね。
その安心感が後々子どもたちが自分の足で歩く力に変わっていくのだから、とても意味のある工夫だと思います。  

Posted by Nami sensei at 11:19子育て

2016年10月13日

【告知】0から始める英会話 5日間講座のお知らせ




 この春、大野城まどかぴあの生涯学習センターにて大人の為の「0から始める英会話」3日間講座をさせていただいたのですが、大好評いただきましたので、早々に第二弾のお話がありました。なんと、100%のリピート希望率✨

 今回はなんと4回講座の金額で5回✨
という、生涯学習センターとハニラミのコラボで実現した夢の価格設定となっています。受講は90分レッスン×5回で4,000円。
一週間前までの予約で託児(生後10ヶ月〜就学前 1回300円)もありますので、子育てしながら自分も学びたいと思われる方に最適です❤



 内容は、本当に0から英語を学んでみようかしら…という方が楽しめる様に組んでいますが、英語に何度もトライしてなかなか続かない…という方にも好評いただいています。
「これさえ押さえておけば大丈夫!」の英語の発音のコツや、「とっさの一言」そして英語の歌、今回はクリスマスにちなんでクリスマスミニカードに英語のメッセージを練習するクラフトもご用意しています。

 子ども英語の先生が大人を教えたらどうなる?!
きっと子どもの頃のワクワクが戻ってくる様な、素敵な時間が過ごせます♪

 定員があります。10月12日から受付開始で、申し込みも始まっていますので、どうぞお早めにお申し込みください。  

Posted by Nami sensei at 14:44グローバル化英語教育